終活とエンディングノート|
親の希望を、元気なうちに聞いておく
聞こうと思っても、うまく切り出せない。縁起でもない話だと思われそうで、切り出した瞬間に空気が変わりそうで、結局今日も聞けずに終わる。そういう日が、静かに積み重なっていきます。
聞かないまま時間が過ぎても、たいていの日は何も困りません。だからこそ、後回しになりやすいのだと思います。急ぎの用事ではないから、今日でなくてもいいから、また今度——そうやって、何年も経ってしまうことがあります。
この記事は、親がまだ元気な方にも、介護がすでに始まったばかりの方にも読んでいただけるように書きました。「そろそろ聞いておいたほうがいい気がする」と感じているけれど、どう切り出せばいいか分からない——その手前の気持ちに、できるだけ寄り添って書いています。
先にお伝えしておきます。この記事は、今すぐ何かを決めるための記事ではありません。エンディングノートという「記録」の仕組みと、遺言書という「法律の制度」の違いを整理し、2026年に成立した遺言制度の改正についても、成立と施行を混同しないよう、できるだけ正確にお伝えします。
延命治療や医療の選択について、この記事はどちらが望ましいという価値判断をいっさいしません。「こうすべきだ」という書き方もしません。選択肢があること、話し合う場があることだけをお伝えします。実際の医療の選択は、必ず主治医、かかりつけ医、施設の職員にご相談ください。
相続税対策や節税についても、この記事では扱いません。税務に関わることは、必ず税理士にご相談ください。
特定の家庭の事例は、実在のものも、たとえ話として作ったものも、いっさい書いていません。「Aさん(70代)の場合は……」といった架空のケースは、この記事には登場しません。
そしてもうひとつ、お伝えしたいことがあります。すでに親御さんを見送られた方、聞けないまま看取ることになった方が、この記事を読む可能性も考えています。「聞いておかなかったから」とご自身を責める必要はありません。聞けなかったことには、聞けなかっただけの事情が、きっとあったはずです。この記事は、それを責めるために書いたものではありません。
① なぜ「聞きにくい」のか
まず、この気まずさそのものを、否定せずに認めるところから始めたいと思います。「聞いたほうがいい」と分かっていても、聞きにくいものは聞きにくい。それは、あなたの覚悟が足りないからではありません。
- 縁起でもない話だと思われそう——「もしものとき」という言葉を出すこと自体が、不吉なことのように感じられます
- 死を望んでいると誤解されそう——「早く聞いておきたい」という気持ちが、「早く決めてほしい」と伝わってしまわないか、不安になります
- 親が怒るかもしれない——「まだそんな歳じゃない」「縁起でもないことを言うな」と、機嫌を損ねてしまう場面が想像できます
- 自分が動揺しそうで、切り出せない——親の答えを聞くこと自体が、自分にとって重すぎるように感じることもあります
- 「今じゃなくていい」が、いつまでも続く——急ぎの用事ではないぶん、優先順位が上がらないまま日々が過ぎていきます
この気まずさは、あなたと親との関係が悪いからではありません。むしろ、大事に思っている相手だからこそ、その人の「死」に関わる話を切り出すことに、抵抗を感じるのだと思います。大事に思っていない相手には、これほど気を使いません。
だからこの記事では、「勇気を出して今すぐ聞きましょう」とは書きません。気まずさを抱えたまま、少しずつ近づいていく方法を、後半の⑨でいくつか紹介します。今は、「聞きにくいと感じるのは、自然なことだ」という一点だけ、持ち帰っていただければと思います。
② 聞けなかった場合に、家族が背負うことになるもの
ここで書くことは、あなたを脅すためのものでも、急かすためのものでもありません。「聞いておかなかったら、こんな大変なことになる」と煽るつもりはまったくないことを、先にお伝えします。
そのうえで、聞けないまま「もしものとき」を迎えると、家族はどんなことに直面しやすいのかを、静かに整理しておきます。知っておくだけでも、心の準備が少し変わることがあるからです。
- 医療の選択——延命に関わる判断を、家族だけで担うことになる場面があります。「本人ならどう考えただろう」という手がかりが何もないと、決める側の負担はより大きくなります
- 葬儀の形——宗教や宗派、呼んでほしい人、費用の考え方など、本人の希望が分からないまま、限られた時間の中で決めることになります
- 財産のありか——通帳がどこにあるか、どんな契約をしているか、誰にも分からず、探すだけで時間がかかることがあります
- 誰に知らせるべきか——本人しか知らない交友関係があると、知らせるべき人に知らせられないまま、時間が過ぎてしまうことがあります
準備というものは、本人と家族の両方がそろって、はじめて整うものです。家族だけがどれだけ頑張っても、本人が話す気持ちにならなければ、聞けないことは聞けません。それは自然なことであって、誰かの失敗ではありません。
そして、財産の管理や大きな判断について、本人が元気なうちから家族が関わる仕組みも用意されています。親のお金の管理や、判断が難しくなったときに支える成年後見制度については、親の口座からお金が下ろせない時|成年後見制度と施設費用の支払い方にまとめていますので、あわせてご覧ください。
③ エンディングノートとは何か
ここから、具体的な話に入っていきます。まずは「エンディングノート」という言葉の中身から整理します。
エンディングノートとは、自分自身のこと、医療・介護の希望、財産の情報、葬儀やお墓の希望などを、自由な形式で書き残しておく記録のことです。市販のノートもあれば、自治体が無料で配布しているものもあり、パソコンやスマートフォンのアプリで作るものもあります。決まった書式はなく、思いついたところから、書きたいところだけ書く、という使い方でも構いません。
- 書き方は自由——誰かに指示されたとおりに書く必要はありません。空欄のままにしておく項目があってもいいものです
- いつでも書き直せる——気持ちが変わったら、そのまま書き換えて構いません
- 誰の許可もいらない——公的な手続きなしに、思い立ったときに始められます
- 家族への「伝言」としての役割が中心——法律上の効果を持たせるための書類ではなく、家族が困らないようにするための記録です
たとえば、エンディングノートに「財産は長男にすべて譲る」と書いてあったとしても、それだけでは相続の場面で法的な効力を持ちません。これは次の④で詳しく説明します。
エンディングノートの役割は、あくまで「本人の考えや情報を、家族に伝えるための記録」です。法律的な取り決めが必要な事柄については、別の手続きが必要になる、とまず押さえておいてください。
④ エンディングノートと遺言書の違い
③で触れたとおり、エンディングノートには法的な効力がありません。では、法的な効力を持たせたい場合はどうすればいいのか——それが「遺言書」です。ここは、正確に書く必要がある部分なので、少し丁寧に整理します。
| エンディングノート | 遺言書 | |
|---|---|---|
| 法的な効力 | ありません | 方式の要件を満たせば、法的な効力を持ちます |
| 書き方の自由度 | 自由。決まった形式はありません | 民法で定められた方式(自筆証書遺言・公正証書遺言など)があり、要件を満たさないと無効になり得ます |
| 主に書く内容 | 本人のこと、医療・介護の希望、財産のありか、葬儀の希望、連絡先など、伝えたいこと全般 | 主に財産の分け方など、法律上の効果を発生させたい事柄 |
| 作り直し | いつでも自由に書き直せます | 作り直せますが、方式に沿った手続きが必要です |
| 相談先 | とくに専門家は必要ありません | 公証役場、弁護士、司法書士など |
だからこそ、この記事では、遺言書の具体的な書き方を指南しません。「こう書けば大丈夫」といった案内をして、もし要件を満たせていなかったら、かえって取り返しのつかないことになりかねないからです。
遺言書を作りたいと考えたときは、公証役場、弁護士、司法書士にご相談ください。費用や進め方に不安がある場合は、後ほど⑤の終わりでも触れる法テラスに、まず相談してみるという方法もあります。「遺言書を書きたいが、何から始めればいいか分からない」という段階で相談して、まったく問題ありません。
整理すると、エンディングノートは「伝えるための記録」、遺言書は「法律の力を持たせるための書類」です。両方を用意する方もいますし、エンディングノートだけを書く方もいます。どちらを選ぶべきかも、この記事では判断しません。財産の分け方に強いこだわりがある場合や、相続でもめる可能性がある場合は、遺言書について専門家に相談することをおすすめしますが、それも「相談してみる」という選択肢の紹介にとどめます。
⑤ 2026年に成立した遺言制度の改正について
ここは、この記事の中でもとくに正確さが求められる部分です。結論を先に書きます。遺言制度に関する改正法は、2026年に成立・公布されましたが、まだ施行されていません。つまり、今この記事を読んでいる時点(2026年8月)では、これまでどおりの現行の方式がそのまま適用されます。この順番を、混同しないでください。
遺言制度に関する主な内容は、次のとおりです。
- 押印の任意化——自筆証書遺言など、公正証書遺言以外の遺言について、これまで必要とされていた押印を、任意(なくてもよいもの)に変える見直し
- 危急時遺言の要件の見直し——命の危険が迫っている状況で作成する「危急時遺言」について、証人が内容を録音・録画によって記録する方式が新たに認められる見直し
- 保管証書遺言の創設——パソコンなどの電子データで作成した遺言を、法務局に保管してもらう、まったく新しい方式の遺言の創設
公表されている内容によれば、施行のスケジュールは次のように段階的になっています。
- 押印の任意化・危急時遺言の見直しなど——公布の日(2026年6月24日)から1年を超えない範囲内で、政令で定める日に施行
- 保管証書遺言の創設——システムの改修が必要なため、公布の日から3年を超えない範囲内で、政令で定める日に施行
- 成年後見制度の見直し——公布の日から2年6か月を超えない範囲内で、政令で定める日に施行
たとえば現行の自筆証書遺言では、法務省が案内しているとおり、全文を自分で手書きすること、日付を書くこと、氏名を書くこと、押印することが必要とされています(財産目録については、パソコンで作成したものを添付できるなどの例外があります)。この記事の執筆時点では、押印は省略できません。
また、現行の自筆証書遺言を法務局に預ける「自筆証書遺言書保管制度」という制度も、今回の改正とは別に、すでに以前から運用されています。この制度を利用すると、家庭裁判所での検認が不要になるなどのメリットがあると案内されていますが、これは今回の「保管証書遺言」(電子データを預ける新しい方式)とは別の、既存の制度です。名前が似ているため、混同しないようご注意ください。
「今すぐ何かを変えなければ」と焦る必要はありません。改正の内容を知っておくことは有益ですが、実際に遺言書を作る際は、その時点で施行されている現行のルールに沿って、公証役場や弁護士、司法書士に確認しながら進めるのが確実です。正式な施行日が決まった際は、法務省などの公式な発表でご確認ください。
費用の面で専門家への相談をためらう場合は、法テラス(日本司法支援センター)という選択肢もあります。収入や資産が一定の基準以下の方であれば、無料の法律相談や、弁護士・司法書士費用の立て替えといった制度を利用できる場合があります。まずは電話で情報提供を受けることもできますので、「相談していいのか分からない」という段階でも、問い合わせてみる価値はあります。その他の一般的な相談窓口については、介護の相談はどこにすればいい?無料で使える相談窓口まとめもあわせてご覧ください。
⑥ エンディングノートに書いてもらうとよい項目
ここからは、実際にエンディングノートに書いてもらうとよいとされる項目を紹介します。すべてを埋める必要はありません。書けるところから、書ける範囲でという姿勢で構いません。
- 本人のこと——生年月日、血液型、これまでの病歴やアレルギー、かかりつけの病院や薬の情報など
- 医療・介護の希望——どんな治療を受けたいか/受けたくないか、介護が必要になったときにどこで過ごしたいかなど(詳しくは⑧で扱います)
- 財産や契約の「ありか」——通帳や印鑑がある場所、保険証券、不動産の情報、貸金庫の有無、サブスクリプションサービスなど、細かい契約の存在
- 連絡してほしい人——緊急連絡先、知らせてほしい友人・知人のリスト
- 葬儀やお墓の希望——宗教・宗派、呼んでほしい人、費用の考え方など、希望があれば
- ペットのこと——ペットがいる場合、その後の世話をどうしてほしいか
- デジタルの話——スマートフォンやパソコンのこと、SNSのアカウント、ネット銀行やサブスクの存在(詳しくは⑦で注意点を扱います)
とくに「財産や契約のありか」は、家族にとって実務的に助かる項目です。金額や配分を書く必要はなく、「どこにあるか」だけを書いておいてもらうだけでも、いざというときの負担がかなり変わります。実家の片付けや、住んでいた家をどうするかという話にもつながりますので、実家の片付け・実家じまい|親が施設に入ったあとの家をどうするかもあわせてご覧ください。
また、この一覧をそのまま親に渡して「これ、埋めておいて」と言う必要はありません。「こういう項目があるらしいよ」というきっかけとして使うくらいの気持ちで、ちょうどよいと思います。
⑦ 書いてはいけない/書かせるときに注意すべきこと
エンディングノートは自由に書けるぶん、書き方によっては、かえって危険を招いてしまうことがあります。ここは、注意していただきたい点として、はっきり書いておきます。
理由はシンプルです。エンディングノートは、家族以外の人の目に触れる可能性もある記録だからです。紛失や盗難、あるいは家に出入りする人がたまたま目にしてしまうことも考えられます。暗証番号やパスワードそのものが書かれていると、それが悪用されるリスクを、本人が亡くなったあとも家族が背負うことになりかねません。
代わりに書いておくとよいのは、「どこに保管しているか」「誰に聞けば分かるか」という情報です。たとえば「暗証番号は仏壇の引き出しの手帳に書いてある」「パスワード管理は長男が把握している」といった書き方であれば、直接の数字を書かずに済みます。
- ノート自体の保管場所を、家族の誰か一人には伝えておく——せっかく書いても、誰も存在を知らなければ意味がありません
- 誰でも見られる場所には置かない——リビングに置きっぱなしにするより、鍵のかかる引き出しなど、ある程度限定した場所のほうが安心です
- 「誰が見てよいか」を、本人の意向として確認しておく——きょうだいがいる場合、全員に見せたいのか、特定の一人にまず預けたいのか、本人の考えを聞いておくとトラブルを避けやすくなります
- 定期的に見直す機会を作る——契約内容や希望は、時間とともに変わることがあります
⑧ 医療・介護の希望を話し合うこと(人生会議/ACP)
エンディングノートの項目の中でも、「医療・介護の希望」は、とくに一度書いて終わりにしないほうがよいとされる分野です。ここでは、厚生労働省が普及を進めている「人生会議」という考え方を紹介します。
厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を策定しており、本人による意思決定を基本としながら、医療・ケアチームとの十分な話し合いを踏まえて方針を決めていくことが重要だとされています。また、毎年11月30日は「人生会議の日」とされ、普及のための啓発活動が行われています。
今日「延命治療は望まない」と話したとしても、その気持ちが半年後、1年後も同じとは限りません。体調の変化、家族との関わり、日々の暮らしの中で、考えが変わることは自然なことです。ACPは、一度の話し合いで結論を固定するものではなく、繰り返し話し合い、そのつど共有し直していく取り組みとして案内されています。
この記事では、延命治療についてどちらが望ましいかという価値判断はいっさいしません。「選択肢があること」「話し合う場があること」だけをお伝えします。実際の医療の選択にあたっては、必ず主治医、かかりつけ医、施設の職員にご相談ください。専門職を交えて話し合うことで、本人にとっても家族にとっても、納得感のある形に近づきやすくなります。
施設に入居している場合、看取りに関する話し合いは、施設のスタッフを交えて行われることも多くあります。施設での看取りについては介護施設での看取りとは?最期を施設で迎えることを考えるに、また体の苦痛をやわらげることを目的とした緩和ケアについては緩和ケアとは?家族が知っておきたいことと、できることにまとめていますので、必要に応じて参考にしてください。
人生会議は、堅苦しい「会議」である必要はありません。食事のときの何気ない会話の中で、少しずつ本人の考えを知っていくというくらいの温度感で構わない、と案内されています。
⑨ どう切り出すか
ここまで読んで、「大事なのは分かったけれど、結局どう切り出せばいいのか」と思われた方も多いと思います。正解はありませんが、現場でよく紹介されている工夫をいくつか挙げます。
- 自分の話から始める——「私も自分のエンディングノートを書いてみようと思って」と、自分自身の話として切り出すと、親も身構えにくくなります
- テレビや他人の話をきっかけにする——ニュースや、知人の家庭の話題が出たときに、「うちはどうしてる?」と自然に流れで聞いてみる方法です
- 書式(ノート)を渡すだけにする——「これ、書いてみて」と迫るのではなく、「こんなのがあるみたいだよ」と、そっと置いておくだけにとどめる方法もあります
- 一度で終わらせない——1回の会話ですべてを聞き出そうとしないでください。何度かに分けて、少しずつで十分です
- 「聞きたい」ではなく「知っておきたい」という言い方にする——「決めてほしい」ではなく「知っておきたいだけ」と伝えると、圧力が弱まります
大事なのは、一回の会話で完成させようとしないことです。今日は連絡先の話だけ、次はお墓の話だけ、というように、細切れでよいと考えておくと、気持ちが楽になります。
⑩ 親が拒んだとき
切り出してみても、「そんな話はしたくない」「まだ早い」と拒まれることがあります。ここで、無理に進めようとしないでください。
- その場で引き下がって構いません——「分かった、また今度でいいよ」と、いったん話を終えることも、立派な選択です
- 拒否には理由があります——死を考えたくない気持ち、まだ気力が湧かない状態、家族に弱みを見せたくない気持ちなど、理由は人それぞれです
- できる範囲でとどめる——連絡先だけ、ペットのことだけなど、抵抗の少ない項目から少しずつ、というやり方もあります
- 時期を変えると、受け入れられることもあります——体調の変化や、周囲の出来事をきっかけに、気持ちが変わることがあります
「聞けなかった」ことを、家族の失敗だと考える必要はありません。②でも書いたとおり、準備は本人と家族の両方があってはじめて整うものです。本人が話したくないと決めたなら、それも本人の意思として尊重してよいものです。
⑪ きょうだいがいる場合の共有のしかた
きょうだいがいる場合、誰か一人だけが親の希望を聞いて、その内容を一人で抱え込んでしまうことがあります。これは、あとになって思わぬ行き違いを生む原因になりやすい部分です。
- 聞いた内容は、できるだけ早く共有する——記憶が新しいうちに、簡単なメモの形でも共有しておくと、あとで「言った・言わない」になりにくくなります
- ノートの保管場所を、きょうだい全員で把握しておく——一人だけが知っている状態は避けたほうが安心です
- 「誰が聞いたか」より「何を聞いたか」を大事にする——聞き役が特定の一人に偏っても構いませんが、内容は共有財産として扱う意識があるとよいです
- 意見が分かれたときは、本人の言葉を優先する——きょうだい同士の解釈がずれたときは、可能であれば本人に確認し直すのがいちばん確実です
きょうだいでの役割分担や、日頃からの情報共有のしかたについては、介護をきょうだいでどう分担するか|話し合いとお金の決め方にも詳しくまとめています。終活の話し合いも、日頃の情報共有の延長線上にあると考えると、進めやすくなります。
⑫ 親が認知症などで、もう聞くのが難しくなっているとき
ここまで読んで、「うちはもう、そういう会話ができる状態じゃない」と感じた方もいるかもしれません。「手遅れだ」と突き放すつもりは、まったくありません。状況が変わっていても、今できることはあります。
- これまでの言動から、分かる範囲を書き残しておく——過去に何気なく話していたこと(「延命はしたくない」「お墓はいらない」など)があれば、家族の記憶として書き留めておくだけでも、まったくの手がかりなしより助けになります
- 短いやり取りの中で、確認できることもあります——症状の程度によっては、簡単な質問には答えられることもあります。無理に長い話をしようとせず、本人の調子のよい時間帯に、短く試してみる方法もあります
- 財産や契約に関する手続きは、成年後見制度などの仕組みで対応できます——判断能力が低下している場合の財産管理については、専門の制度が用意されています。詳しくは、親の口座からお金が下ろせない時をご覧ください
- 医療・介護チームとの話し合いは、今からでもできます——本人の意思確認が難しい場合でも、家族と医療・ケアチームが、これまでの本人らしさを踏まえて話し合っていく道が用意されています
認知症の症状が進んでいる場合の関わり方については、認知症の症状への向き合い方|「本人にとって理由のある行動」として考えるにまとめています。「聞けなかったこと」を悔やむより、「今、何ができるか」に目を向けるほうが、前向きに進める場合があります。それでも悔やむ気持ちが出てくることは、自然なことです。無理に切り替える必要はありません。
⑬ 自分自身のことも、ついでに考えてみる
最後に、少し視点を変えます。親のことを考えるこの機会に、あなた自身の「もしものとき」についても、少しだけ考えてみませんか。
これは、義務ではありません。ただ、親に聞くことの難しさを実感したあとだからこそ、「自分は同じことを、自分の家族にさせずに済むかもしれない」と気づく方が少なくありません。自分のエンディングノートを試しに書いてみることは、③で紹介した「自分の話から切り出す」きっかけ作りにも自然につながります。
そして、介護をしている方自身が、知らず知らずのうちに疲れをためていることもあります。ご自身の心のケアについては、介護する家族の心のケア|共倒れしないためににまとめていますので、気持ちに余裕がないと感じたときは、そちらもあわせて読んでみてください。
📌 まとめ
- 「もしものときどうしたい?」が聞きにくいのは、自然なことです。縁起でもない話に思えること、死を望んでいると誤解されそうなこと、親が動揺するかもしれないこと——この気まずさは、あなたの覚悟が足りないからではありません
- 聞けなかった場合、家族は医療の判断・葬儀の形・財産のありか・連絡先を、推測で決めることになりやすくなります。ただしこれは、家族の落ち度ではありません。準備は本人と家族の両方がそろって、はじめて整うものです
- エンディングノートは、自由に書ける「記録」です。法的な効力はありません。決まった形式もなく、いつでも書き直せます
- 遺言書には、民法で定められた方式と要件があり、満たさないと無効になり得ます。この記事では具体的な書き方は指南していません。公証役場、弁護士、司法書士にご相談ください
- 2026年6月に、遺言制度・成年後見制度の改正法(令和8年法律第45号)が成立・公布されました。押印の任意化、保管証書遺言の創設、成年後見の後見・保佐から補助への一元化などが含まれますが、いずれも施行日はまだ先(公布から1年〜3年以内)で、現時点(2026年8月)では現行の方式がそのまま適用されます。混同しないようご注意ください
- エンディングノートには、本人のこと、医療・介護の希望、財産や契約のありか、連絡してほしい人、葬儀やお墓の希望、ペット、デジタルの話などを書いてもらうとよいとされています。すべてを埋める必要はありません
- 暗証番号やパスワードそのものは書き込まないでください。「どこにあるか」「誰に聞けば分かるか」を書く形にし、保管場所は家族の誰かには伝えておきましょう
- 医療・介護の希望を話し合う取り組みは「人生会議(ACP)」と呼ばれます。一度決めたら終わりではなく、気持ちは変わってよいものとして、繰り返し話し合うことが大切にされています。延命治療についてどちらがよいという判断は、この記事ではしていません。必ず主治医・かかりつけ医・施設の職員にご相談ください
- 切り出し方には工夫の余地があります。自分の話から始める、テレビや他人の話をきっかけにする、書式を渡すだけにする、一度で終わらせない——こうした方法が紹介されています
- 親が拒んだときは、無理に進めないでください。それも本人の意思です。できる範囲にとどめ、時期を変えて改めて聞いてみる余地を残しておきましょう
- きょうだいがいる場合は、聞いた内容を一人で抱え込まず、早めに共有しましょう。保管場所も全員で把握しておくと安心です
- 親が認知症などで聞くのが難しくなっていても、「手遅れ」ではありません。これまでの言動を書き残す、短い時間で確認できることを試す、成年後見制度や医療・ケアチームとの話し合いなど、今できることがあります
- 親のことを考える機会に、自分自身の「もしものとき」も考えてみると、家族に同じ気まずさを背負わせずに済むかもしれません
この記事では、「今すぐ聞いてください」「今すぐ書いてください」とは、あえて書きませんでした。終活は、急いで終わらせるものではないと思うからです。
今日、この記事を読んだだけでも、それは十分に「始めた」ことになると思います。次に親と話す機会があったときに、少しだけ、いつもと違う話題を出してみる。それくらいの歩幅で、十分だと思います。
そして、すでに聞けないまま見送られた方へ。この記事の冒頭にも書きましたが、聞けなかったことは、あなたの責任ではありません。聞けなかった時間の中にも、一緒に過ごした時間そのものには、意味があったはずです。
この記事は、法律・医療の専門的な助言ではありません。遺言書の作成、相続、税金に関する具体的な判断は、公証役場、弁護士、司法書士、税理士にご相談ください。
2026年6月に成立した遺言制度・成年後見制度の改正について、この記事の執筆時点では、いずれも施行日は未確定です。正確な施行日は、法務省などの公式な発表でご確認ください。
延命治療をはじめとする医療の選択について、この記事はどちらが望ましいという価値判断をしていません。実際の医療の選択は、必ず主治医、かかりつけ医、施設の職員にご相談ください。
相続税対策・節税についても、この記事では扱っていません。税務に関する判断は、必ず税理士にご相談ください。
制度の名称・手数料・相談窓口の内容は変更されることがあります。最新の情報は、法務省、厚生労働省、お近くの公証役場、法テラス、地域包括支援センターなどでご確認ください。
- 法務省が公表している「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号、令和8年6月17日成立・同年6月24日公布)に関する概要資料——遺言制度の見直し(自筆証書遺言等の押印の任意化、危急時遺言の要件見直し、保管証書遺言の創設)と成年後見制度の見直し(後見・保佐の廃止と補助への一元化)の内容、および段階的な施行スケジュール(押印の任意化等は公布から1年以内、保管証書遺言は公布から3年以内、成年後見関連は公布から2年6か月以内、それぞれ政令で定める日に施行)について。法律案要綱・法律案・新旧対照条文等の公表資料をもとに要約しています
- 法務省・法務局が公表している「自筆証書遺言書保管制度」の案内資料——現行の自筆証書遺言の方式(全文自書・日付・氏名・押印。財産目録については自書でなくてもよい例外があること)、法務局における保管制度を利用した場合に家庭裁判所の検認が原則不要になること、保管に関する主な手数料(保管の申請1件につき3,900円など)について。この保管制度は、今回の改正で新設される「保管証書遺言」とは異なる、既存の制度です
- 厚生労働省が公表している「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」に関する解説、および「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)——人生会議(ACP)の定義、本人による意思決定を基本とし医療・ケアチームと繰り返し話し合い共有する取り組みであること、毎年11月30日が「人生会議の日」とされ普及啓発が行われていることについて
- 法テラス(日本司法支援センター)が公表している民事法律扶助業務の案内——収入・資産が資力基準以下の場合に無料法律相談や弁護士・司法書士費用の立て替えを利用できる制度があること、サポートダイヤルによる情報提供サービスがあることについて
- 複数の地方自治体が公表しているエンディングノートの配布・様式に関する一般的な情報——自治体によって独自のエンディングノートを作成・無料配布している例があり、内容・入手方法・配布場所(地域包括支援センターなど)は自治体ごとに異なることについて